第22回 シアターΧ(カイ)名作劇場 について

シアターΧ名作劇場も、今回で第22回を迎え、通算45作品となります。
 水守亀之助(1886〜1958)の「救ひ」、田村秋子(1905〜1983)の「雪ごもり」の2作品共、今回が初演の舞台です。
 「救ひ」は1924年11月「演劇新潮」に発表され長い間埋もれていたわけですが、演劇関係者の間でも水守亀之助という名前を知っている人は無いので、これも名作劇場の中に組み込むことのできるのは幸いと思います。
 水守亀之助は、120年程前に、今の兵庫県相生市に生れ、医学修業を目指し勉学しましたが、さまざまな苦難によって断念し、上京後いくつかの出版社の編集業務に携わり、徳田秋声、中村武羅夫、国木田独歩、正宗白鳥、眞山青果、加藤武雄、川端康成などを知るところとなり、次第に本人も小説や戯曲に手を染めるようになりました。
 発表された戯曲がなんと17点もあるのは驚きで「救ひ」は、その15本目ということで、彼が40歳のときの作品です。古くさい人間関係と思う人があるかも知れませんが、人間の弱さ、愚かさはいつの世にも存在するもので、今から82年前に想いを寄せていただきたいと思います。
 田村秋子は、水谷八重子、山田五十鈴、杉村春子と並ぶ名女優として記憶している人が多いのですが、戦後の舞台はさほど多くはありません。
 戦争中、今の長野県佐久市に長男と2人で疎開し、約3年半過ごした時の戯曲3点が彼女の作品の全てです。「姫岩」「雪ごもり」「積木の灯」がそれで、「姫岩」のみ1949年里見とん 演出で文学座で上演されました。
 私は幸いにも、彼女の戦後の舞台をみています。「姫岩」をはじめ「ママの貯金」(1949年)、「ヘッダ・ガブラー」(1950年)、「おふくろ」「釣堀にて」「稲妻」(1951年)、「竜を撫でた男」(1952年)を。
「牛山ホテル」(1954年)の最後の舞台だけは東京公演がなかったため見ることは出来ませんでした。
 田村秋子が出演した映画は「受胎」「幸福の限界」「自由学校」「少年期」「えり子とともに」「本日休診」「にごりえ」「美しき歳月」「風前の灯」など多数あり憶えていらっしゃる人もあるでしょう。
 戦前・戦後の華やかな演技者としての田村秋子に、戯曲作品のあることはあまり知られていません。「雪ごもり」は、さしたる劇的状況はありませんが、戦後の当時の内山村(現在は佐久市)での人と人との交わりが印象的です。
 田村自身を投影した人物が登場しますが、敗戦後の今後がどうなるのかという不安と焦燥が感じられ興味をそそられます。
 第1回名作劇場の小山内薫 作「息子」より今迄の上演作品中、「雪ごもり」(1947年『悲劇喜劇』創刊号発表)で初めて戦後の戯曲の登場となります。
 編年体で上演しているわけではありませんが、身近な敗戦時を想い出す年配の方も多い筈です。とはいうものの、60年も経過してしまいましたが・・・


                        川和孝(名作劇場 演出)

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