演出家 川和孝
演劇は二、三時間かかるものと思っておられる方が多いのではあるまいか。実際ちまたで上演されているお芝居のほとんどは、二幕、三幕。ときには三、四時間を要する舞台もまれではない。
    ○  ○  ○ 
   <起源は「自由劇場」>
しかし世界中には「一幕劇」(ひとまくげき)と呼ばれる三十分から1時間以内のすばらしい短編劇が数え切れないほどあるのに、上演される機会もないまま眠っている。私はこの中から、まず日本の近代から現代の秀作を百本上演することを目指している。今月15から22日に上演する「おふくろ」(田中千禾夫)と「ふるさと」(円地文子)の二作でようやく三十三本。折り返し点にも達していない。 
日本の近代劇とはいつ頃の作品を目指すのか。これには諸説あるが、私は1909年、新劇運動の生みの親である小山内薫と二世市川左団次が結成した「自由劇場」以降と見ている。近代劇とは簡単に言えば封建時代の勧善懲悪や義理人情の芝居とは違って、近代的自我を持つ人間が登場する芝居のこと。「自由劇場」は最初に近代劇の父と言われるイプセンの「ジョン・ガブリエル・ボルクマン」を取り上げ、二回目は森鴎外の「生田川」。続いて吉井勇、長田秀雄、秋田雨雀らの一幕劇を上演し、日本の近代戯曲の創造に多大な役割を果たした。
 従って私が演出している演目は二十世紀初めから戦前までのものが中心で、1994年より「息子」(小山内薫)、続いて「ある日の午後」(長谷川時雨)、「黄楊の櫛」(岡田八千代)、「父帰る」(菊池寛)、「地蔵教由来」(久米正雄)など年に二回、東京・両国のシアターX(カイ)で公演している。
     ○  ○  ○ 
    <著名小説家が秀作>
明治から大小気の著名作家はこぞって戯曲を書いていた。今回の円地文子は実は戯曲作家としてスタートしているのだ。俳人、小林一茶が四十路を迎えて久しぶりに故郷へ帰った折の出来事を描いた「ふるさと」は、小山内と岡本綺堂が審査員を務める歌舞伎雑誌の懸賞に円地が応募した処女戯曲で、まさに歌舞伎上演を念じた作品である。
ほかに小説家とされている人たちのものは、谷崎潤一郎、木下杢太郎、武者小路実篤、正宗白鳥、野上弥生子ら枚挙にいとまがない。新感覚派の旗手、横光利一に、連作ともいえる「男と女と男」「食わされたもの」や、戯曲集「愛の挨拶」があるのは意外に知られていない。これらは、各作家の表通りの小説に隠れたいわば裏通りの仕事なのかもしれないが、ここに豊かな世界がある。
菊池寛は24年に「一幕ものに就て」という文章で
「…眞に劇的と言うことは、そう度々起こりはしない。……劇的な事件は、稀にホンの短時間の裡に起きるのである。……従って、一幕劇で描き得ればこれにこしたことはないのである……」
と書いており、私は大いに共感している。大きく物語が展開するのが多幕物だとすれば、一幕物には人生が凝縮され、作者の人間観、世界観が詰まって短時間に大きな感動や共鳴を呼ぶ。
そんな秀作の存在にもかかわらず、私の演出が本邦初演であったりして面はゆい思いだ。50年前に俳優座に入り、青山杉作、千田是也、小沢栄太郎、東山千栄子ら新劇第一世代の仕事を間近で見聞した私にとって、小山内以降の先達の優れた仕事を検証し、第三世代に伝えることは責務と考えている。
    ○  ○  ○ 
   <古書探し 名作発掘>
作品探しは古書店はもちろん古書市、古書目録などに注意を払う。劇作家が若手育成のために作った会派、岸田國士の「劇作」、長谷川伸の「新鷹(しんよう)会」、三好十郎の「戯曲研究会」に所属した作家やその同人誌にも宝が埋蔵されている。長谷川伸の「大衆文芸」では、村上元三をはじめ、最後の弟子となる平岩弓枝に至る人材が活躍した。会派に属さない作家にも光を当てたい作品があって興味は尽きない。
菊池寛、岸田國士、武者小路実篤、、眞山青果、眞船豊、久保田万太郎ら戯曲を数多く残している作家から一本を選出するのは大変でもあり、楽しみでもある。
様々な人生のドラマが上演を待っているし、欲をいえば海外の秀作一幕劇にも心が動くが、現在七十歳を越した私の命がそうさせ得るか。
            ( 2003.1.14 日本経済新聞 朝刊 文化欄)
 川和さんは、本当は上演と同時にプログラムにもその戯曲を載せて、全部集めると、近現代日本の短編戯曲 名作100選 となるようにしたかったのですが、プログラムの価格が高くなってしまうため、断念せざるを得ませんでした。出版社にも呼びかけましたが、そんな地味な企画は通りませんでした。せっかくの作品ですが、手に入らない物も多く、そのまま眠ってしまうのはとても残念です。
 

小山内薫「息子」
長谷川時雨「ある日の午後」
岡田八千代「黄楊の櫛」
菊池寛「父帰る」
久米正雄「地蔵教の由来」
関口次郎「乞食と夢」
長谷川伸「掏摸の家」
横光利一「男と女と男」
里見とん「嫉妬」(「知欲煩悩」改題)
中村吉蔵「檻の中」
阪中正夫「傾家の人」
岸田國士「可児君の面会日」
秋田雨雀「アスパラガス」
長田秀雄「歓楽の鬼」
岩野泡鳴「閻魔の眼玉」
岡田禎子「クラス会」
眞山青果「玄朴と長英」
山本有三「父おや」
武者小路実篤「ある画室の主」
郡虎彦「父と母」
木下杢太郎「和泉屋染物店」
飯沢ただす「藤原閣下の燕尾服」
水木京太「殉死」

 

田郷虎雄「猪之吉」
眞船豊「寒鴨」
鈴木泉三郎「火あぶり」
川口一郎「二人の家」
森本薫「みごとな女」
久保田万太郎「釣堀にて」
小山祐士「夕凪」
邦枝完二「盗賊戯談」
円地文子「ふるさと」
田中千禾夫「おふくろ」
吉田紘次郎「丈草庵の秋」
岡本綺堂「筑摩の湯」
金子洋文「牝鶏」
吉井勇「俳諧亭句楽の死」
伊藤貞助 「日本の河童」
北條秀司 「波止場の風」
田島淳 「能祗」
高田保 「人魂黄表紙」
田中澄江「遺族達」
三宅由岐子「母の席」